北海道は江戸時代から昭和初期にかけてニシン漁の最盛期でした。ニシンは100年以上にもわたって多くの人々の重要な資源だったのです。生での食用のほか、干して保存する「身欠きニシン」や、農産物の肥料にするなど、その利用価値は大変高く、高価に取引されました。北海道にはニシンビジネスで豪商と言われた多くの親方が誕生し、中でも大正7年の北海道内高額納税者20人中3人が、祝津御三家といわれる白鳥・青山・茨木です。この御三家の邸宅などは、今も現存しています。御三家が物語る祝津とニシンの歴史を学びながら、地元の人たちが古くから食している料理を作り、食べることの大切さを学びます。

昭和の始めまでとれたニシンは、当時の雇用の場として地域経済に貢献した。数の子や白子を取り出した後は、身欠きニシンにするためにわら縄に通したり、肥料にするためつぶしたりする作業は女性が担った。
(写真提供/小樽市総合博物館)

網に入ったニシンを枠船と言われる船に上げる。一杯になると次の枠船とかわる。ニシンの群来の続く限り漁が行われた。
(写真提供/小樽市総合博物館)

ニシンが産卵のため大群で押し寄せ、産卵・射精により海の色が乳白色になる「群来(くき)」(写真は張碓海岸)。最近になり、毎年小樽港近郊で確認されるようになった。
(撮影/舟瀬博敏)

「三平汁(さんぺいじる)」は、200年以上も前から食べられていた料理で、北海道の郷土料理として広く知れ渡っています。冷蔵庫のない時代は魚を塩づけにして保存していました。塩づけの魚をダイコンやニンジンなどの野菜と煮込み、魚についた塩だけで味付けしたものです。秋にとれた魚や野菜を使った調理法のひとつで、長い冬を過ごす北国の知恵や、食べることを大切にした昔の人の工夫を知ることができます。


体験場所:茨木家中出張番屋
「茨木家中出張番屋」は、外観と内部に伝統的なにしん番屋の趣きを伝え祝津のランドマーク的存在。祝津三大網元(親方)の一人、茨木家の初代・興八郎によって明治後期に建てられました




[対象] 中学生・高校生  [期間] 5〜11月  [受入人数] 10名〜20名
 [所要時間] 3時間 [料金] 中学生1,300円/高校生1,600円 [学習場所] 茨木家中出張番屋
[お問い合わせ先]
NPO法人おたる祝津たなげ会
北海道小樽市祝津3丁目303 番地
TEL.080-4505-2424(事務局:渡部)

小樽教育旅行誘致促進実行委員会

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